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2017年05月18日 |園長先生のつぶやき|

  学校教育法第11条にいう「体罰」とは、懲戒の内容が身体的性質のものである場合を意味します。
    1. 身体に対する侵害を内容とする懲戒(殴る・蹴るの類)は体罰に該当する
    2. 被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒(端坐・直立等・特定の姿勢を長時間にわたって保持させる)は体罰に該当する

すなわち、「体罰」はその成立要件として、

  1. 懲戒の対象となる行為に対して、
  2. その懲戒内容が、被罰者の身体に対する侵害を内容とするか、被罰者に肉体的苦痛を与えるようなものであり、
  3. その程度があくまでも「罰」の範疇であること
 といわれているようです。

 最近『体罰』がよく話題になっていますが、そもそも、『体罰としつけ』の違いはなんでしょうか

 子どもをたたくなどの行為によって、いったんは 子どもの行動をコントロールで

きるかもしれませんが、単に恐怖を与えているだけで 子どもにとっては自律ではなく他律であり、

分で考えて行動をやめれるようになるのではありません。その怒る人がいなくなると、よけいに


以前に比べて 状況がひどくなってしまうこともよくあります。


ただ単に 顔色をうかがったり、消極的・能動的な態度を育ててしまうと思います。

「しつけ」とは逆の結果になります。 もしかすると、大人が子どもを激しくしかる事、体罰は、子ど

ものためにというよりも、

 大人が『自分が恥ずかしいので止めてほしい』『人として許せない行為だ』

『何度言っても言うことをきいてもらえなかった』という時に起こるような気がします。

この場合 子どもの育ち というものは二の次の様な気がします。

 もし、現代社会が保育園・幼稚園という幼児施設が『しつけ』を教えるところだと勘違いしてしまう

と保育園・幼稚園は子ども達にきびしくしたり、何度も何度も言い聞かせる場面が多くなってしまいま

す。もしかすると、その姿を見た一部の保護者は体罰だと思うかもしれません。

しかし全ての子に平等に『しつけ』をするということは、そのように行き過ぎな行為を生んで

しまうのではないかと危惧しています。

 子どもたちは、子ども社会の中で自分達で決めたルールは担当の保育士がいなくても守ろうと努力

しますが、一方的に決められたルールはどちらかとういうと守ろうとしません。(一般的に)

例えば おにごっこは、ルールを守ると楽しいのでルールを守ろうとしますし、遊んでいる中で

友だちが『今バリアしたけんだめ』と自己中なルールをあみだしても、おもしろそうならとりいれ

新しいルールとして根付いていくでしょうし、おもしろくなさそうなら、『なんいいよっと?』

と却下されます。サッカーで手を使わないのは 使うとおもしろくないと理解しているからでしょう。

『しつけ』と関わりが深い『ルール』『社会性』はまさに、子ども集団という遊びの中で、子どもたち

が自然と身についていったりするものだと思います。

 (※子ども達だけて決めるルールは自分たちが出来そうにもない事など厳しめに決める事があるので

保育者の助言や配慮が必要です)

 

 長くなりましたが、しつけは こどもが社会・大人が期待していることを期待する行動が習慣化し

言われなくても 自分で考え主体的に動けるようになっていく事だと思います。


子どもは自分が本当に愛されていることを知ると、その信頼感から

他の人も信頼できるようになり、自分自身が好きになるという 自尊感情が先にないと本来

しつけは難しいような気がします。 だからしつけの前に自尊感情・信頼関係を

どう育むかが、保育園の役割でしょうね!





















 

2017年05月11日 |園長先生のつぶやき|
 保育園は遊んでばかりいて、幼稚園は勉強する時間がある という偏見が今でもぬぐえない

保育園です。 幼稚園要領でも、幼児期は、遊びを通して主体的に活動することが大切だとしっかり

書いてありますが、なぜこのように、保育園と幼稚園の世間一般的なイメージが違うのでしょうか?

 一つには、保育園の管轄が厚生労働省であるのに対して、幼稚園が文部科学省管轄であるから

かもしれません。 だからどちらかというと、保育園は養護のイメージが強く、幼稚園が教育の

イメージが強いのかもしれません。一昔前までは、幼稚園は受験をしてはいらなくてはならないほどに

希望者がいました(専業主婦が多かった時代) 、しかし、時代の流れとともに、共働き夫婦の増加や

女性の社会進出に伴ない 徐々に保育園利用者が増加してきました。すると今度は、幼稚園に空き室がで

きるようになり、逆に保育園が不足してきた結果、待機児という言葉が生まれました。

 幼稚園の空き室利用と、保育園待機児童解消の為に 文部科学省と厚生労働省が力を合わせましょう

ということで『認定こども園』に移行する動きが出てきています。
 
 小学校が、文部科学省管轄なので、幼稚園はどうしても小学校前教育=小学校で習うことを就学前に

行うというイメージが強いですが、小学校6年生が、中学校1年生で習うことを勉強しないように

幼稚園のうちに、小学校1年生で習うことを勉強するということが、幼児教育ではなく、

幼児教育とは、小学校での生活だけを想定し、そこに向けての活動だけを行うのではなく長い人生を生

きていくための人間関係の基礎、興味、意欲、態度を育んでいけるようになる力をつけることであると

思います。

 今後 畝刈保育園が、認定こども園になり幼稚園の機能を持ち合わせたとしても幼児教育という元来

の考えは変わらない思っていますので、とくに保育園としての大きな変化があるわけではないと思って

います。



2017年04月13日 |園長先生のつぶやき|
畝刈保育園の見学者を案内する際に、保護者の方に、『自園では、年少クラスよりセミバイキングで

自分が食べたい量を、お当番さんに言ってよっそてもらうんです。子どものころに苦手な物でも

たべなさいと言われたことの積み重ねで 毎日しぶしぶ食べるよりも、今は食べれなくても

大人になって食べれるようになったり、苦手な物でも同じ栄養で、違う食物を食べることで補おうとす

る大人になってほしいですよね』と話をすると、いかに多くの方が、苦手な物を食べさせられた経験を

持っているのかと驚きます。 私自身のことでいうと幼少期、好んで野菜をほとんど食べられなかった

ですが、高校生になったくらいに、野菜って結構おいしいと思えるようになったものです。

幼少期より 苦手なものでも少しは食べてきた積み重ねではなく、味覚が変化してきたから

たべれるようになってきたと思っています。

 しかし、かといって何でも好きなものばかり食べればいいというわけでは決してありません。

いいかたとすれば、苦手なものでも、少しは食べなさいではなく、もし、食べてみておいしいかもしれ

ないので、一度は一口でも食べてみてほしいと思います。そのうえで、やはりおいしくないと感じたの

なら次回の食事より 量を少しにしてもらえばいいと思います。

 保育園での食事のいいところは、みんなでそろって食べることです。

今 社会問題になっている 『こしょく』

 弧食(家族と一緒ではなく一人夕食を食べる) 
 個食(一つの食材だけ食べる)
 固食(決まったメニューを毎日食べる)
 小食(ダイエットの為に少しの量しかたべない)
 粉食(パンなどやわらかいものばかりの食事)
 濃食(味が濃いものしか食べない食事)
 



 ☆親と一緒に食事をしていない子供・・・小学生20.1%、中学生41.6%いるそうです。

保育園での、みんなで食べる給食は、人生においても 大切なことであるということは言うまでもあり

ません。

お友達と楽しく食べるから、おいしい、お友達がおいしそうに食べているから

ぼくもたべてみよう・・ などたくさんの まさに食べようとする意欲が自然と育まれる場所(食育)

だと思います。




2017年04月11日 |園長先生のつぶやき|
 28年度はなかなかブログの更新が出来ずにいましたが、今年度は、更に充実した内容で

たくさんの方に見て頂けるようにがんばります

 さて、37名の年長さんが卒園し、新しく新入園児を迎えて29年度がスタートいたしました。

4月らしく、『ママがいい~』と泣きごえが聞こえてきたり、年長さんがいなくなって年中さんは、

お手伝い活動をはりきったりしてくれています。 クラスや、担当保育士が変わって

すこし戸惑っている子、保育士との距離をはかっている子、まったく変わらない様子の子

様々です。

 保護者会でも説明いたしましたが、『愛着』関係があると、今は泣いていても、

慣れてくると、同じ場所にいなくても、迎えに来てくれるという期待感

家に帰ればママが待っているという安心感から、みずから どんどん、見知らぬ世界へと

探索活動が出来るようになってきます。 

お子さまと一緒に来られた見学者を見ていても思うのですが 

愛着関係があるからこそ、初めての場所でも、興味があるものに自ら向かっていって

母親の心配をよそに そっちのけで遊んだりできるものだと思います。 

 保育士は残念ながら、母親の代わりに愛着関係は築けません。どんなにがんばっても

母親のかわりには絶対になれないからです。でも信頼関係は築くことが出来ますし、

保育士はそうあるべきだと考えています。互いに信頼しているからこそ

 子ども達は 保育士を 信頼しているからこそ 家にいるときより

少しだけ頑張って、苦手な事に挑戦することが出来たり、間違ってもいいから、

何にでも挑戦することができ、壁にぶつかったときにはみずから、助けをもとめてきます。

 保育士は 子ども達を 信頼しているからこそ 子ども達から 少しだけ離れて

見守ることができると思います。

2016年08月22日 |園長先生のつぶやき|
『きく』という言葉には 意味が微妙に違う漢字が存在します。

 


『聞く』

意識しないでただ耳に入ってくる音を受け入れるという場合には「聞く」を使います。例えば次のように使います。

・教室の外から、車の音が聞こえてくる。

これは意識して車の音を耳にしているのではなくて、ただ勝手に耳に入ってくる音をきいているというシチュエー

ションですね。また、道をたずねるときにも「道を聞く」と使いま一方で「聴く」は、積極的に意識して音に耳をかた

むける場合に使います。例えば次のように使います。

『聴く』


・クラシックのコンサートで素敵な演奏を聴いてきた。

これは、コンサートの音を意識してきいているというシチュエーションですね。授業を聴くやCDを聴くというように、

耳をかたむける音が決まっているような場合に使います 英語では「聞く=hear」で「聴く=listen」です。 




 以前 保育園でお集まりをしていた時、必ず前にいて 先生の話をじっと きいているような子がいました。

でも、意外と小学校に行ってから、内容を理解していなかったり、忘れ物が多かったりした事例がありました。

 
 意外と、大人はシーンとしているとすべての子どもたちが きいてくれていると勘違いして、『あの時言ったで

しょうきいていなかったの?』と怒ったりすることがよくありますが、 子どもたちの 聴く力 にも 個人差が

ものすごくあるように思います。  まだ『わからない、なんで?』などリアクションがあると、よいのですが、分か

らなくても 『わかりましたか』の問いかけに、みんなと同じように『はい』と答える習慣だけがつくと、

分からなくても、分かっていても意見が言えない子になってしまうような気がして危惧しています。

 幼児期 でいえることは、 子どもたちは、何か興味がありそうな話、いつも同じ内容で 同じ話し方でない

話 、わくわくした話 など

 幼児の特性を理解して、いかに子どもたちを引き込んでいくか? 聞きたくなるような 話し方をするかが保

育士の専門性 の様な気がします。 そして、専門性に意外と大切なことは ユーモア にあふれていること

とです。 これは、政治家が講演中に ところどころ 小話(笑い話)をいれてくるようなもので

真面目な話を聞いてもらうための 心をつかむためのテクニック的な要素もあるのですが・・・

ユーモアは コミュニケーションにおいて 大人の社会でも、子どもの社会でも不可欠の様な気がします。

 こどもの特性(発達)を十分理解していること(何に興味があって、何が好きで、何ができて、何が

怖くて・・など)が前提にありますが。

 保育士の仕事は、子どもたちが将来あらゆる 職業につく 社会人になる事を

想定すると

様々な事に興味を持ったり、 常に社会人としてアンテナをはる必要があります、実は保育以外の仕事に

答えがあることもたくさんあるような気がします。 

 大人になって 聴く力がなぜ必要かというと、コミュニケーション能力においては、話す力がある人より

聴く力がある人の方が成功すると言われています。 聴く力とは、すべてを受け入れることではなく

自分にとって必要な情報をとりいれたり、またコミュニケショーンの場においては、相手が本当に伝えたい事

の真意を読み取ったり、何を言いたいのかを瞬時に理解したりする力であると思います。

 幼少期に 毎日 先生がいったことを静かに聞くだけの経験 と幼少期に 様々な年代の様々な人たちと

話をした経験、ディスカッションした経験とでは  どちらの経験が、 

 将来において 『聴く力』  をより育む 事になるのでしょうか??

 


 







2016年06月13日 |園長先生のつぶやき|
 AI(人工知能)の研究者であるマイケル・A・オズボーン准教授らの論文が衝撃的で話題になっています。

今後10~20年程度で、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高いとい

う結論に至ったそうです。

機械によって取って代わられる仕事は多岐にわたり、下記は、今後消える・なくなるであろ

うと予測される仕事を紹介します。(あくまでも高い確率で予測されている仕事です)

 

  • 銀行の融資担当者
  • スポーツの審判
  • 不動産ブローカー
  • レストランの案内係
  • 保険の審査担当者
  • 動物のブリーダー
  • 電話オペレーター
  • 給与・福利厚生担当者
  • レジ係
  • 娯楽施設の案内係、チケットもぎり係
  • カジノのディーラー
  • ネイリスト
  • クレジットカード申込者の承認・調査を行う作業員
  • 集金人
  • パラリーガル、弁護士助手
  • ホテルの受付係
  • 電話販売員
  • 仕立屋(手縫い)
  • 時計修理工
  • 税務申告書代行者
  • 図書館員の補助員
  • データ入力作業員
  • 彫刻師
  • 苦情の処理・調査担当者
  • 薄記、会計、監査の事務員
  • 検査、分類、見本採集、測定を行う作業員
  • 映写技師
  • カメラ、撮影機材の修理工
  • 金融機関のクレジットアナリスト
  • メガネ、コンタクトレンズの技術者
  • 殺虫剤の混合、散布の技術者
  • 義歯制作技術者
  • 測量技術者、地図作成技術者
  • 造園・用地管理の作業員
  • 建設機器のオペレーター
  • 訪問販売員、路上新聞売り、露店商人
  • 塗装工、壁紙張り職人

 ☆身近なところでいうと、ハウステンボスの『変なホテル』はコンピューターが中心ですよね!
ロボットやコンピューターの進化により、今後多くの仕事が、人間から、コンピューターへ移

行してくると言われています。 では 10~20年後の子ども達が成人した時に、日本社会

が求める人材は記憶力にすぐれて、IQが高い人材なのでしょうか? それとも、何にでも

意欲的で、自分の意思を示せる人材でしょうか? 少なくとも、昔のように記録力が人より

すぐれたり、パソコンを使いこなせる人材よりも新しく様々なソフトを開発したり、バイタリテ

ィーに富んでいたり社会性に優れた人材が求められている様な気がします。 逆に、何が

コンピューターでもよくて何が人間でなければ絶対にいけない仕事なのか、真剣に考えなく

てはいけない時代になっているのかもしれません。 



 幼児期の遊び = 幼児期の学びである事はあきらかで、この時期に、あらゆることに

挑戦したり、挑戦してくじけて、違う方法を考えてみたり興味のある事(好きな遊び)に没頭

したり、けんかの中で、葛藤したり、人の気持ちに気づいたり、学んでいけるものと信じてい

ます。

 この幼少期には、まだまだ自己中心的で未熟なところがたくさんあるかもしれませんが

集団の経験をもとに、葛藤を経験し、社会性が培われて、ほめられる事よりも認められるこ

とで自己肯定感が高まり、主体的に活動することで何にでも意欲的に行動できるような社

会人になれると思っています。














2016年06月01日 |園長先生のつぶやき|

 生後1ヶ月までの赤ちゃんで良くみられる笑顔を「生理的微笑」もしくは「新生児微笑」

いいます。
例えば、笑っているように見えたり、眠りながらふっと笑顔を見せてくれる瞬間な

どに見せるものです。実はこの頃の笑顔は、赤ちゃんが お母さんに可愛がって育てても

らうため(赤ちゃんが他の動物に攻撃されないための、まさに生き延びるため)の本能的

な微笑みといわれています。

 この時点の赤ちゃんは意識して笑顔を作っているわけではありません。本能の働きで笑

うことにより「周りの人が笑顔になり、優しくしてくれる」ということを体験し、「この表情は役

に立つんだ」と感じて笑顔を繰り返すようになります。
 
哺乳類は特に 赤ちゃんは他の動物に攻撃されないように、丸みを帯びて、かわい

らい姿をしています。 ライオンの赤ちゃんでも危害を与える対象ではないと他の動物に

おもわせるためにかわいい姿をしています。

 そのためか、保育園でも、月齢が低くなる赤ちゃん程、子どもたちにとってやはりかわい

くて仕方がないのでしょう、必要以上にかわいがってくれます。

 子ども達は、小さい子を見ると 自分で出来ることでも 何でもしてあげようとします。

まあ、たまにはいいのでしょうけど、でもそれが日常化してしまうと、くつさえも

自分で履けるのに お兄ちゃんたちに はかせようとする姿もたまに見られます。

1歳の子どもたちなりに、だれが甘えると手伝ってくれて、だれが手伝ってくれないのか

区別が分かるようになる気がします。 

だから年長になって母親の前で自分でカバンを持たないお子様も、保育園ではかならず自

分で持ちますし 母親が思っている以上

に、子どもは家庭生活 と 園生活(集団生活) を区別して生活しているようです。

 子どもたちには実際に誰の力も借りないで一人で何でも行って生きていけるほど実社会

は、甘くはないですので、本当に出来ない事をがまんして一人でしょい込んで生きていくよ

りは、人に頼めることができる大人になれるように 小さいころからお友達との関わりの中

でコミュニケーション能力を高めていってほしいと思います。













 







 

(写真は、朝の登園の様子です
(赤ちゃんは かわいくて仕方がないようです)


2016年04月18日 |園長先生のつぶやき|

 平成28年熊本地震に対するお知らせと園よりお願い

 
   先日4月15日に、熊本で震度7を超える地震が発生して以来、
長崎でも、震度4・5クラスの地震が発生しています。 今後も大きな地震が発生することも想定されます。
基本的に、地震に関しましては、保育園の建物は、神戸大震災に耐えうる程の建物の強度を基礎に建築しておりますので、地震発生時には、園舎建物内を第一緊急避難場所としています。
(高台にありますので津波による被害は考えておりません) 
保育室に集まり、机の下に入ったり、毛布をかぶったりなどの対応になります。ただ、地震による道路等の土砂崩れは想定されますので、建物が孤立したときに備えまして、発電機と共に、全園児3日分の非常食を備蓄しております。
 保育園でも、非常時に備え、職員ミーティングを行うとともに、子ども達と一緒に地震の避難訓練をおこない、定期的地震のお話などを行い、災害に備えていきたいと思っています。
 保護者への連絡等は、個別に連絡を差し上げる事態と判断した場合以外は、原則としまして 保育園から保護者の方へ一斉メール送信が中心となりますので、まだ登録されていない方は早めの登録をお願いいたします。
 (安全連絡の為にも メールアドレスをお持ちの方は登録ください)
もし地震が発生した場合でも、状況を確認せずにあわてて保育園にお迎えに来られますと、土砂崩れに巻き込まれたりする場合もございますので、まずは、ご自身の安全を確保されたうえで、園からの連絡をいつでも受けられる体制を取って頂きたいと思っております。ご協力の程よろしくお願いいたします.



2016年04月18日 |園長先生のつぶやき|
『保育園落ちた、日本・・・』について 、新聞、テレビ、など多くの マスメディアから取り上げられており

見ない日はないくらいで、同時に 『待機児童の問題』 『保育士の処遇改善の問題』

に目が向けられるようになってきました。

 確かに、保育士処遇に関しては、保育士が 国家資格であるのに対して、一般職の正規職員よりは給与

水準が低い といわれていますので、処遇改善に向けての動きは大変いいことだと思います。

 しかし テレビで、毎日のように実際に勤務している保育士が、『命を預かる仕事なのに、給与がやすい、

きつい、保護者対応におわれて・・・、書き物が多くて・・・』など 取材でマイナスな答える姿ばかり、見ると

せっかく 保育士のための処遇改善の動きがあっても、 将来保育士をめざす人がいなくなってしまうことを

危惧してしまいます。 なり手がいないと 結果 保育士不足 で待機児童問題は解消されないと

負のスパイラルにおちいってしまいそうです・・・・

 保育士の就職者がいないから、処遇改善を行うのではなく、

保育士という仕事が、もっと世間から評価されることによって、処遇が改善されていく世の中になればいいと

思います。 保育士という仕事が、大変なこともあるけど、楽しい仕事であり、もちろんほかの専門職のように

評価されるべき仕事であってほしいし、そうあるべきだと思っています。


なにより 、『 保育園受かった、ありがとう日本 』 となる日が 1日でも早く来ることを望んでいます。

2015年11月11日 |園長先生のつぶやき|
 子どもは、大人と違って本当によく泣きます。
悲しかった時、怒った時、お友達とケンカしたとき、保育園に行きたくない時、あらゆる場面で涙が流れます。
 
 例えば、こういった経験はないでしょうか?

『保育園にいきたくない、ママがいい』と登園しぶりが激しかった日に、心配して早めにおむかえに行ったのに

 今度は帰りたくな』と泣いてなかなか帰ろうとしないことがある。

この場合、ただのわがままではないことが多ので気をつける必要があります。 子どもなりに、お母さんに対しての何らかのメッセージを発していることが多いです。
 でも、お母さんたちにとっては、毎日、お子様の、好きな物を買ってあげて、好きな遊びをさせてあげて、何不自由なく過ごさせてあげてるのに何で泣くんだろう?と思うかもしれません。そこには『愛着関係』が関係しているのかもしれません。

 『愛着』とは、ご存知の通り、他人や動物などに対して築く特別の情緒的な結びつき、とくに幼児期までの子どもと育児する側との間に形成される母子関係を中心とした情緒的な結びつきのことです。
 
 しかし、本来『愛着関係』が上手くいくと、子ども達は、その愛着関係をもとに、安心して帰れる場所があるので、何に対しても意欲的で、あらゆるものに挑戦しようとしたり、困難があっても乗り越えようとします。
 逆に、愛着関係が共依存になってしまうと、子どもは母親を常に必要とし、親も子どもを常に必要として、母子関係そのものがうまくいかなくなることもあります。
 
 愛着とは、自分の手を離れた時に、なんにでも意欲的に、興味を持って、自己発揮して、いきいきと生活できること かと思います。
 まずは、子どもを信じる事、子どもの悪いところ、良いところも含めてまずは受け入れてあげること、そして少し離れて見守る事が、大切だと思います。






 
 





 

 



2015年09月09日 |園長先生のつぶやき|

 お知らせとお願い

 
先日、保育園下のカーブのところを、特別に許可を頂いて、近隣の住民の方々と一緒に、削って整備

いたしましたが、雨のたびに 砂利が流れてしまい、石がむきだしてしまい、ご不便や ご迷惑をお

かけした状況でありました。 そこで、近隣の方とも話し合い、9月12日(土曜日)に

地域の方と一緒に コンクリートで舗装するようになりました。

工事に入りますと、道が混雑することも想定されますので、もし、12日 お仕事が休みであったり、

お子様を見てくださる方がいらっしゃる方は
お休みのご協力を頂き、少しでも車の台数を減らし工事

がスムーズに行えるように よろしくお願いいたします。 どうぞご協力の程よろしくお願いいたし

ます。
 

園長 竹内尚史


2015年08月19日 |園長先生のつぶやき|

 園長の 竹内です。 ホームページリニューアルに伴い、時々更新していけたらと思いますので、どうぞ よろしくおねがいします。


『見守るとは?』 保育園でもよく聞かれる言葉です。

 赤ちゃんは、はう経験なしではいきなり歩くことはできません。もし、はうことのできる十分な環境がないために、はう時期が短く早く立ち上がったり、歩いたりしたときには、その後の発達に問題が生じてしまうかもしれないことは、広く知られています。それは、赤ちゃんがそれぞれの、発達過程において、その後の成長に意味のあることを習得しているからです。そして、習得するためには、ある一定の時間が必要なのです。!
 したがって、保育者がしなければならないのは、子どもが早く立てるように手を貸したり、後ろから支えたりすることではなく、はいはいをしなければならない時期に、十分にはいはいができるような環境をつくってあげることなのです。それが、現在をよりよく生きる、ということにつながります。
 はいはいから、つかまり立ちへ、つかまり立ちからひとり立ちへ、そして伝い歩きへとつながっていく発達過程は、自然な発達の経過です。その発達を保障するためには、それぞれが 保証できる空間が必要です。 加えて それぞれの発達過程における『心情』が満たされるためには、子ども自身に『意欲が』ないといけません。
 はって(何かを取りたい、触りたい、抱っこされたい)などの気持ちがあってこそ、赤ちゃんは、それに向かってはいはいをします。『意欲』があってこそ
『態度』が生まれます。その流れが保育指針でいわれる
 『心情』『意欲』『態度』です!

 保育者は、広い場所を用意すればいいのではなく、赤ちゃんがはいはいしたくなるような環境を用意しなくてはなりません。そしてその環境は、その子が今できる事より、少しだけ背伸びの必要なものであることが必要です。(例えば、物を取りたい時に、その子が到達できる少し先に欲しいものを置くとか。)
 
 もちろん、保育士も、子どもにとって大切な環境の一つです。子どもが大人とのかかわりを求める何らかのサインを出したときには、必ず気づいてこたえなくてはなりません。そのためには、保育士はいつも少し離れたところにいる必要があります。子どもが欲していることを『やってあげる』のではなく、かといってただ見ているのではなく、ひとりひとりの、発達過程をしっかり『見て』、しっかり『守る
』、そして発達に応じて適切な『援助をする』
 それが、見守る保育の考え方です!








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